都会の喧騒を離れ、のどかな田舎町に移住した佐藤家は、最初は戸惑いながらも、次第にその暮らしに慣れていった。広々とした庭で子供たちは伸び伸びと遊び、夫婦はリモートワークに集中できる環境に満足していた。しかし、その平穏な日々は、あることに気づいたことから徐々に崩れていく。
それは、村で葬儀が頻繁に行われるようになったことだ。高齢化社会とはいえ、これほど短い期間に多くの住民が亡くなるのは不自然だと、佐藤夫婦は感じた。村の古老に尋ねると、「昔からこの村は寿命が短い」と、当たり前のことのように言われた。
当初は、単なる偶然かと思っていたが、村の空き家は日に日に増えていき、活気のない風景が日常となった。そして、佐藤夫婦は恐ろしいことに気づいた。
それは、亡くなったはずの村人たちを、時々見かけるようになったことだ。畑仕事をしている最中に、遠くに亡くなったはずの老人の姿が見えたり、夕暮れの道で、かつてよく話しかけてくれたおばあさんの影が重なったりする。
彼らは、佐藤たちに危害を加えるわけでもなく、ただそこにある。しかし、その存在は、村に異様な雰囲気をもたらしていた。
「あれは、この前亡くなった太郎さんじゃない?」
「気のせい?最近、目が疲れてるのかも」
妻はそう言って自分に言い聞かせるように言ったが、佐藤もまた、その光景を現実のものとして捉え始めていた。
村の神社で、古老に相談してみたが、古老はただ笑って、「この村は昔からそうなんだよ」と言うだけだった。
夜、布団の中で、佐藤は目を閉じても、あの影たちが目に焼き付いていた。そして、ふと、あることを思い出した。昔、村の古老から聞いた話だ。
「この村は、昔から『あの世とこの世が近い』と言われる場所なんだ」
佐藤は、背筋を凍らせた。もしかしたら、この村は、生と死が曖昧な、不思議な場所なのかもしれない。
村の祭りの日、佐藤は、村人たちと一緒に神輿を担いだ。そのとき、彼は、神輿の中にいる自分と同じ顔をした、もう一人の自分がいるような気がした。
その日以来、佐藤は、村の光景を当たり前のように受け入れるようになった。死んだはずの人々が、村の風景の中に溶け込んでいる。それは、決して気持ちの良いものではないが、もはや、佐藤にとって、それは日常の一部になっていた。
そして、佐藤は気づいた。この村で生きるということは、生と死が常に隣り合わせにあるということ。それは、恐ろしいことかもしれないが、同時に、どこか美しいことでもあるのだと。
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