雨の日の出来事

 雨の日の午後、俺は部屋の窓から外を眺めていた。マンションの三階にあるこの部屋は、街の喧騒から少し離れた静かな場所にあった。雨がしとしとと降り続く中、ひとしきりぼんやりと街を眺めていた俺の視線は、街灯の下でじっと佇む女性に向けられた。彼女は、傘もささずに、ただ立ち尽くしていた。その姿は、まるで時間が止まったかのように静止している。彼女の存在は、毎年この時期になると訪れる不気味な風物詩のようだった。


晴れた日には決して姿を見せず、雨が降ると必ずその場所に現れる。周囲の人々は、まるで彼女を見ることができないかのように、彼女の横をすり抜けていく。俺は、彼女が何を考えているのか、何を求めているのか、その答えを知る由もなかった。ただ、彼女の目には何か特別なものが宿っているように見えて、俺はいつもその視線を感じる気がした。


「また、あの女がいる…」


小さく呟いた言葉が、雨音に消えていく。彼女の正体に対する疑念が、心の奥で膨れ上がる。何か不気味なものを感じながらも、彼女の存在は俺の日常の一部になっていた。


その日、いつも通りに彼女を見つめながら、ふと安心感が訪れた。彼女がいない。雨も上がり、薄日が差し込んで来た。ホッとしたのも束の間、静寂を破るように、突然ドアのチャイムが鳴り響いた。けたたましい音に驚き、心臓がバクバクと音を立てる。


「誰だ…?」


恐る恐るドアノブを見つめるが、動けない。ドアノブがガチャガチャと回される音が続く。手が震え、思わず布団に潜り込んで耳を塞いだ。今、ここに自分がいることが恐ろしい。あの女性が、ついに俺の元へ来てしまったのだろうか。彼女は、何を求めている?


その夜、布団の中で震えながら、俺は彼女のことを考え続けた。彼女が何を考えているのか、何を求めているのか、それを知る者はいない。朝が来るまで、恐怖で眠ることもできなかった。


朝になり、雨の音が消え、外の世界が静まりかえった。恐る恐る外を覗くと、彼女の姿はもうなかった。まるで、彼女がこの世から消え去ったかのようだった。安心感が胸に広がる反面、どこか物足りなさを感じる。


だが、彼女の存在は消えても、あのドアの音は忘れられない。あの瞬間、何かが俺の中で変わってしまった。無邪気な日常が、恐怖へと変わった。その後、俺は彼女のことを忘れようと努力した。だが、雨の日になると、どうしても彼女のことを思い出してしまう。


数日後、また雨が降り始めた。街の灯りがぼんやりと光り、俺はどうすることもできずに窓の外を見つめる。心の中に不安が渦巻く。彼女が現れるのではないかという恐怖が、頭をよぎる。身体が硬直し、手には冷や汗が滲んでいた。


そして、夕方になり、街灯の下に彼女の姿が見えた。傘をささず、ただじっと立っている。俺の心臓は再び早鐘のように鳴り響く。彼女の目が、まるで俺を捉えているかのように感じた。逃げ出すこともできず、視線が離せない。何かが迫ってくる、ただの雨の日の幻影ではない。彼女の存在が、俺の運命を変えるのかもしれないという恐怖が、再び心を覆い始めた。

雨がしとしと降る夜。

俺はいつまでも電灯の下に佇む女から目を離せずにいた…。





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