「あの時、俺は何が起きたのか、未だにわからないんだ。」
そう言いながら、俺は目の前の友人、健太の顔を見つめていた。彼の目は、暗闇の中で一際光っている。周囲は静まり返り、まるで時間が止まったかのような錯覚に陥る。俺たちがいるのは、郊外にある廃墟となった小学校。この場所には、何年も人が住んでいない。噂では、ここで不可解な事件が起きたことがあるらしい。俺はその話を聞いて、興味本位でこの場所に足を運んだのだ。
「俺たち、ここから出られなくなるんじゃないか?」
健太の言葉に、心の中で冷たいものが走った。俺はその言葉が冗談だと信じたかったが、彼の表情は真剣そのものだった。小学校の外側は朽ち果て、雑草が生い茂り、どこか不気味な雰囲気を醸し出している。特に、あの古びたブランコが揺れているのを見た瞬間、背筋がゾッとした。
「もういいって、ちょっと探検しようぜ。何も起きないよ。」
俺は笑いを交えながら言ったが、心の奥では不安が渦巻いていた。気を紛らわせるために、俺たちは校舎の中に足を踏み入れた。薄暗い廊下には、かつて子供たちの笑い声が響いていたとは思えないほどの静けさが支配していた。カビ臭い空気が鼻をつき、床のひび割れたタイルが不気味な音を立てる。
「ここ、ほんとにやばいって。帰ろうよ。」
健太が再び言った。俺は彼の不安を無視して、奥の教室に向かうことにした。教室のドアがギシギシと音を立てて開くと、そこには長い間誰も触れていない机や椅子が無造作に並べられていた。窓の外から差し込む月明かりが、薄暗い部屋をほんのりと照らしている。
「見て、黒板に何か書いてある。」
俺の指さす先には、黒板にかすかに残された文字があった。「出て行け」。その文字は、まるで誰かが最後の力を振り絞って書いたかのように見えた。背筋が凍りつく感覚が全身を駆け抜ける。
「やっぱり帰ろう。」
健太は顔を青ざめさせ、後ずさりした。俺もその言葉に同意したかったが、何かに引き寄せられるように、俺はその場に留まった。心のどこかで、この場所に隠された真実を知りたいと思っていた。
「ちょっと待って、もう少しだけ。」
俺の声は震えていた。健太は不安そうに俺を見つめていたが、結局は俺に従うことにした。もう一度黒板に目を戻すと、今度は「お前も来い」と書かれていることに気づいた。驚愕した俺は、思わず後退りした。
「何が起きてるんだ、これ…」
その瞬間、教室の中が急に寒くなり、俺たちの息が白くなった。健太は顔を手で覆い、震えていた。俺も同様に、恐怖が全身を蝕む。静寂の中、耳をつんざくような音が響いた。何かが動いている。教室の隅で、影が揺れているのを見た。
「行こう、今すぐに出よう!」
俺は健太の手を引いて、急いで教室を出ようとした。しかし、扉は突然閉ざされ、鍵がかかっているかのように動かなかった。心臓が早鐘のように打ち鳴る。外の月明かりが薄れ、周囲が真っ暗になった。
「助けて!誰か!」
健太の叫び声が響くが、誰も助けには来ない。恐怖に駆られ、俺は必死に扉を叩き続けた。だが、どこからともなく現れた冷たい風が俺たちを包み込み、次第に意識が遠のいていく。
気づくと、俺は校舎の前に立っていた。健太は目の前にいるはずだが、彼の姿は見当たらない。不安が増す。周囲は静まり、この場所から誰もいなくなったかのようだ。俺は背後に何かを感じ、振り返った。
「健太!どこにいるんだ!」
返事はない。ただ、風が冷たく吹き抜けるだけだった。心の中で何かが崩れ落ち、後悔が押し寄せた。この場所の謎を解こうとした自分が愚かだった。健太を置いてきたことが、今さらながら怖ろしい意味を持つことに気づいた。
何かが、俺を待っている。恐怖が心の奥底に根を張り、俺はその場から逃げ出すことしかできなかった。
その後、健太の行方はわからなくなった。俺は一人、あの廃校の前に立ち尽くす。何が起こったのか、どうして彼を置いてきてしまったのか、心の中で繰り返す。だが、もう遅い。彼は、あの教室に永遠に置いてけぼりになったままだ。
俺はその後も、あの場所が何だったのか、そして健太がどうなったのかを考え続ける。だが、答えは出ない。俺はただ、彼の声が聞こえないことに、深い悲しみを感じるだけだった。あの冷たい風が、彼の声を奪ってしまったのだろうか。誰も知ることのない、恐ろしい秘密。それは、俺が一生背負っていくことになるのだろう。