茜色の帰り道

 小学生の頃、僕は近所の公園によく遊びに行っていた。

夕焼けが空を茜色に染める頃、ブランコの軋む音と、子供たちの笑い声が公園に響いていた。

その公園には、少し変わった女の子がいた。

名前は、アカネといった。


アカネは、いつも赤いワンピースを着て、一人でブランコに乗っていた。

他の子供たちとは遊ばずに、いつもニコニコと、楽しそうにブランコを漕いでいた。

僕も何度かアカネに話しかけたことがあったが、彼女はいつも「うん」とか「そうだね」とか、短い言葉しか返してくれなかった。

それでも、僕はアカネのことが気になっていた。

アカネは、どこか不思議な魅力を持っていた。

彼女と一緒にいると、時間がゆっくりと流れるような、そんな感覚があった。


秋になり、日が暮れるのが早くなった。

公園に遊びに行く回数も減り、アカネと会う機会も少なくなった。

そんなある日、僕は久しぶりに公園に遊びに行った。

夕焼けが空を茜色に染める頃、公園には、アカネの姿しかなかった。

彼女は、いつもの赤いワンピースを着て、ブランコに乗っていた。

僕は、アカネに声をかけた。


「アカネ、久しぶり。」


アカネは、にこりと笑って、僕を見た。


「ユウタくん、久しぶり。」


アカネは、僕の名前を知っていた。

僕は、少し驚いた。


「アカネ、僕のこと覚えてたんだ。」


「うん。ユウタくんのこと、ずっと覚えてたよ。」


アカネは、そう言いながら、ブランコから降りて、僕の隣に座った。


「ユウタくん、一緒に遊ぼう。」


アカネは、僕の手を取った。

彼女の手は、とても冷たかった。


アカネに連れられて、僕は公園の奥へと進んでいった。

公園の奥には、誰も知らない小さな遊園地があった。

観覧車やジェットコースター、メリーゴーランドなど、様々なアトラクションがあったが、どれも古びていて、動く気配はなかった。


「ここで、一緒に遊ぼう。」


アカネは、そう言いながら、メリーゴーランドを指さした。

メリーゴーランドには、色とりどりの木馬が並んでいた。

しかし、どの木馬も、目がつぶれていて、不気味な雰囲気だった。

「ユウタくん、どの木馬に乗りたい?」

アカネは、僕に尋ねた。

僕は、少し怖かったが、アカネと一緒に遊びたかったので、一番端の木馬を選んだ。

アカネは、僕の隣の木馬に乗り、にこりと笑った。


「出発進行!」


アカネの合図で、メリーゴーランドがゆっくりと動き始めた。

木馬は、上下に揺れながら、回転し始めた。

僕は、木馬にしがみつきながら、アカネを見た。

アカネは、楽しそうに笑っていた。

その笑顔は、とても美しかった。

しかし、同時に、どこか悲しげにも見えた。


メリーゴーランドが、ゆっくりとスピードを上げていく。

木馬の揺れが激しくなり、僕は、振り落とされないように必死にしがみついた。

アカネは、相変わらず笑顔だった。

その笑顔は、もはや、狂気に満ちているようにも見えた。

「ユウタくん、楽しい?」

アカネは、僕に尋ねた。

僕は、頷くことができなかった。

メリーゴーランドの回転が、異常なほど速くなった。

木馬が、空に投げ出されるような感覚だった。

僕は、目を閉じた。

そして、次に目を開けた時、僕は、メリーゴーランドから降りていた。

アカネは、僕の隣で、微笑んでいた。

「ユウタくん、また遊ぼうね。」

アカネは、そう言いながら、僕の手を握った。

彼女の手は、やはり冷たかった。


その日から、僕は、アカネと会うことがなくなった。

公園に行っても、彼女の姿を見ることはなかった。

他の子供たちに聞いても、アカネのことを知っている人はいなかった。

アカネは、本当に、存在したのだろうか。

それとも、僕が見た幻だったのだろうか。


僕は、アカネのことを忘れることができなかった。

彼女の笑顔と、冷たい手の感触が、いつまでも僕の中に残っていた。

そして、時々、あの遊園地の夢を見た。

メリーゴーランドが、狂ったように回転する夢を。

僕は、もう、あの公園に行くことはないだろう。

しかし、アカネのことは、きっと、一生忘れない。

茜色の空の下で、少女は、永遠にブランコを漕ぎ続けている。

そして、私は、彼女の笑顔と、冷たい手の感触を、いつまでも覚えている。




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