宿の一夜

 深夜、古びた町家の宿に泊まっていた青年・裕太は、友人との旅行の疲れから熟睡していた。しかし、彼の夢は悪夢へと変わっていく。


「火事だ!火事だ!」

外からの絶叫に目を覚ました裕太は、慌てて布団から飛び起きる。友人の浩二も驚きながら、荷物を掴んで外に逃げ出す。

しかし、宿の廊下を進むうちに、何かが違うことに気づく。薄暗い空間に飾られた古い絵画、繊細な模様の障子戸、そして、逃げ惑う人々の着物姿。まるで時代劇の世界のようだ。

「夢か?それとも…タイムスリップ?」

二人は困惑しながらも、必死に宿の外へ向かう。しかし、その時、裕太は再び意識を失ってしまう。

目を覚ますと、裕太は布団の中にいた。だが、周りには何か異様な存在を感じる。焼け焦げたような姿の人々が、不気味な笑みを浮かべながら、ゆっくりと彼に近づいてくる。

「助けてくれ…」

裕太は絶叫しようとするが、声は出ない。そして、再び意識を失っていく。

翌朝、裕太は病院のベッドで目を覚ました。医師によると、彼は高熱を出し、一晩中意識不明だったという。浩二が救急車を呼んでくれて病院に運ばれ、事無きを得たという。

「一体、あの夜は何が…」

以来、裕太は古都への旅行を避けるようになった。あの悪夢の光景は、彼の心に深い傷跡を残し、いつまでも消えることのない恐怖となったのだ。

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