赤い目の影

 漁師町に住む若き漁師、藤田(ふじた)は、ある嵐の夜、沖合で赤い目を光らせる奇妙な影を見かけました。その影は、まるでクジラのように、荒波の中を悠々と泳いでいたそうです。藤田は、不吉な予感がして近づこうとしませんでしたが、影の方から奇妙な音楽が聞こえてきたため、つい見入ってしまいました。


まるで魂を揺さぶるような旋律が、風と共に運ばれてきました。それは美しくも妖しい音色で、藤田の心を引き寄せるように響いていました。彼は船を停め、体を浪に預けながら、その音楽に耳を傾けました。

しかし、気がついた時には、その影は忽然と姿を消していました。藤田は驚きましたが、同時に安堵も感じました。その赤い目の影が姿を消したことで、彼の心も一時の安らぎに包まれたのです。


それからというもの、藤田は漁に出るたびに、その赤い目の影を思い出してしまい、心身ともに疲れ果ててしまいました。夜の海には、その赤い目の影の幻影が浮かび上がり、彼を苦しめるのです。


ある日、藤田は仲間の漁師、岡田(おかだ)と共に海に出ました。二人は黙々と仕事を進めていましたが、藤田は心の奥底でいつもの不安を感じていました。すると、岡田が声をかけてきました。


「藤田、最近、お前どうしたんだ?いつも浮かない顔をしてるし、仕事も手抜きだぞ」


藤田は少し動揺しながらも、素直に答えました。「すまない、岡田。最近、あの赤い目の影のことが頭から離れなくてな。あの音楽を聴いた時から、心が落ち着かなくなったんだ」


岡田は苦笑いしながら、藤田の肩を叩きました。「お前、それってただの妄想だろう。海の中にはいろんなことがあるし、気を張りすぎだよ。そんなことに縛られず、自由に漁を楽しめよ」


藤田は岡田の言葉を受け止め、少し気持ちが軽くなりました。彼は心に決意を固め、赤い目の影の幻影にとらわれることなく、今を生きることを決めたのです。


その日から、藤田は自分自身を奮い立たせ、漁に打ち込むようになりました。彼は海を愛し、魚たちと共に生きることの喜びを再び感じることができました。


そしてある日、藤田は海の中で美しい景色を見つけました。そこには青く澄んだ海と、魚たちが踊るように泳いでいました。彼はその光景に心を奪われ、感動の涙がこぼれ落ちました。


藤田は、赤い目の影の幻影が自分の心を縛っていたことに気づきました。彼は自由になり、自分の心の声に耳を傾けることで、本当の幸せを見つけたのです。


それからというもの、藤田は自分の船を乗りこなし、魚たちと共に舞い踊るように海を駆け巡りました。彼の笑顔は周りを明るく照らし、仲間たちもそれに応えるように笑顔で漁を進めていったのです。


藤田は、あの赤い目の影の幻影が忽然と消えたことで、自分自身を取り戻すことができたのでした。


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