気弱な二人

 川底の洞窟に住むのは、コタロウという名の河童だった。他の河童たちと違い、コタロウは臆病で、大きな声で鳴くことも、子供をさらうこともできなかった。そのため、他の河童たちからはいつもバカにされていた。


一方、村にはケンタという男の子がいた。ケンタはクラスでいつもいじめに遭い、学校に行くのが怖い日々を送っていた。ある日、いつものように川で一人泣いているケンタの姿を、コタロウは洞窟から見ていた。


コタロウは、ケンタの孤独に共感した。自分も仲間はずれにされているという共通点を感じたのだ。そして、勇気を振り絞って、水面から顔を出した。


「あの…、一緒に遊ばない?」


コタロウの声は小さかったが、ケンタにはしっかりと聞こえた。ケンタは驚き、同時に嬉しかった。誰にも話したことがない自分の気持ちを、コタロウは分かってくれている気がした。


それから、コタロウとケンタは秘密の友情を育んでいった。ケンタは、コタロウに自分の悩みを打ち明け、コタロウは、ケンタに自分のできる限りのことをしてあげた。コタロウは、川底から珍しい石を拾ってきてケンタにプレゼントしたり、ケンタが怖い夢を見た時には、川底から優しい歌声を届けてくれたりした。


しかし、彼らの友情は長くは続かなかった。ある日、ケンタがいじめっ子に追いかけられているところを、コタロウが目撃した。コタロウは、ケンタを助けようと、水面から飛び出した。


「ケンタ!こっちへ来い!」


コタロウの声は、いつもより大きく、力強かった。ケンタはコタロウの声に導かれ、川に飛び込んだ。二人は川底の洞窟に隠れ、いじめっ子たちから逃れた。


しかし、その出来事が原因で、コタロウの居場所がバレてしまう。他の河童たちは、コタロウが人間と仲良くしていることを怒り、コタロウを洞窟から追い出した。


コタロウは、一人ぼっちになった。ケンタも、コタロウがいなくなったことを悲しみ、学校にも行けなくなってしまった。


それから数年後、大人になったケンタは、故郷の川を訪れた。そして、川底からコタロウの声が聞こえた。


「ケンタ、元気にしてたかい?」


ケンタは、思わず涙があふれた。コタロウは、変わらず優しい声で話しかけてくれた。


「コタロウ、ずっと探してたんだ。」


ケンタは、コタロウにこれまでのことを話した。そして、こう言った。


「僕、もう怖くない。だって、君がいつもそばにいてくれるから。」


コタロウは静かに頷いた。そして、こう言った。


「僕も、ケンタがそばにいてくれて嬉しい。でも、もう昔のように一緒に遊ぶことはできないんだ。」


「どうして?」


「僕が人間と仲良くすると、他の河童たちが怒るんだ。」


ケンタは、コタロウの言葉を聞いて、心が痛んだ。しかし、すぐにこう言った。


「そんなの、おかしいよ。友達と仲良くするのが、どうして悪いんだ!」


コタロウは、何も言わずに微笑んだ。そして、こう言った。


「ケンタ、君は強い。だから、きっと大丈夫だ。」


それから、二人は長い時間、言葉を交わした。そして、別れの時が来た。


「また会おうな、ケンタ。」


「うん、また会おう。」


ケンタは、川を後にして、村へと戻っていった。コタロウは、再び洞窟に戻った。


コタロウは、これからも一人で暮らすことになるだろう。しかし、ケンタとの友情は、コタロウの心に永遠の光を灯し続けていた。


最新記事

妻のマグカップ

 ある晩、古びたアパートの一室で、僕は妻のマグカップを手に取っていた。茶色く、無数の細かいひびが蜘蛛の巣のように広がったそのカップは、妻が最期の時まで肌身離さず使っていたものだ。彼女が冷たくなった後も、僕はこのカップを捨てることなど到底できなかった。いつも彼女が淹れてくれた、焦げ...