ディープウェブの影

 夜の帳が降りる頃、光の乏しい部屋で一人の男がパソコンの前に座っていた。彼の名はタクヤ。大学生であり、友人から聞いたディープウェブの話に興味を持っていた。友人の言葉が耳に残る。


「そこには、普通の世界では見られないものがあるんだ。」


タクヤは、興味をそそられた。知らない世界に触れることは、まるで禁断の果実を味わうような刺激を与えてくれた。彼は思い切って、友人が教えてくれたURLを打ち込む。数秒後、画面に表示されたのは、暗い背景に赤い文字で書かれたサイト名だった。


「ようこそ、ディープウェブへ。」


その言葉が、まるで彼を誘うかのように響いた。


最初は、ただの好奇心だった。しかし、サイト内を探索するうち、タクヤは異様な動画を見つけてしまった。タイトルは「真実の目撃者」。彼は思わずクリックした。その瞬間、画面から流れ込む音は、まるで冷たい水が背筋を走るような感覚を与えた。


動画は、薄暗い倉庫の中で撮影されたものだった。映像には、何かの儀式のような光景が映し出されていた。人々が黒いフードを被り、無表情で集まっている。中心には、一人の男性が縛られ、怯えた表情を浮かべていた。タクヤは、心臓が高鳴るのを感じた。これはリアルな犯罪の記録だった。目を背けようとしても、彼の視線は固定され、動画の中の恐怖に飲み込まれていった。


その後、タクヤは動画の詳細を探り始めた。何度も同じ映像を見返し、隅々まで分析した。彼は、真実を暴き出したいという衝動に駆られた。しかし、その好奇心が彼を危険な道に誘うことになるとは、まったく考えていなかった。


数日後、彼は動画の場所を特定する手がかりを見つけた。それは、かつて廃墟となった工場の住所だった。彼は一人でその場所に行くことを決意した。恐怖心が胸を締め付けるが、同時にその中に潜む真実を求める気持ちが勝っていた。


工場にたどり着くと、崩れかけた壁が彼を迎えた。風が吹き抜け、冷たい空気が彼の肌を撫でる。周囲には、何もないただの静寂しかなかった。その瞬間、彼の心に不安が広がる。


「本当にここでいいのか?」


と自問自答するが、もう後には引けない。


タクヤは、工場の中を進んで行く。足元の瓦礫が、彼の動きを妨げる。照明がほとんどない中、スマートフォンのライトを頼りに進むと、ふと視界に異様なものが映った。壁に貼られた写真。動画の中の男性が、そこにいた。


彼の表情は、恐怖で歪んでいた。タクヤの心臓は再び高鳴る。彼はこの場から逃げ出したいと思った。しかし、身体は動かず、目はその写真に釘付けになっていた。すると、背後から何かが近づく気配を感じた。タクヤは振り返る。


そこに立っていたのは、黒いフードを被った男だった。目は冷たく、タクヤをじっと見つめている。恐怖が彼の背筋を走り抜け、心臓が止まりそうになる。男は一歩ずつ近づいてきた。その瞬間、タクヤは全力で逃げ出した。


廃工場の出口に向かって走り続ける。心臓の鼓動が耳に響き、足元の瓦礫に躓きそうになる。後ろから追いかけてくる足音が近づくにつれ、タクヤは恐怖で震えた。彼は考えた。


「なぜこんなことになったのか?ただ真実を暴きたかっただけなのに。」


外に飛び出すと、夜の静寂が広がっていた。どこにも逃げ場がない。逃げる場所も、助けを求める人もいなかった。彼は、ただ恐怖に駆られながら、必死に走り続けた。


そうしているうちに、タクヤはふと気づく。自分が何を求めていたのか。真実を求めるあまり、どれほどの危険を招いてしまったのか。彼の心の中には、後悔と恐怖が渦巻いていた。


その時、彼の後ろから響く声がした。


「逃げても無駄だ、真実はお前の中にある。」


タクヤは振り返ることができなかった。恐怖で目を閉じ、その声が消えるのを待った。


そして、彼が再び目を開いた時、すべては終わっていた。誰もいない工場の前で、ただ一人、何も見えない闇に包まれている。彼は、自分が何をしてしまったのか、考え続けた。真実は、もしかしたら追い求めるものではなく、知ってはいけないものだったのかもしれない。


タクヤはそのまま、消えてしまった。彼の姿は、ディープウェブの影に飲まれてしまったのだ。人々はその後、彼の行方を知ることはなかった。暗闇の中で、彼の心の叫びだけが、静寂に響き続けていた。




物語は全てフィクションです。

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