夏の終わりの出来事

 夏の終わり、人気のない海水浴場。打ち寄せる波は黒く、夕焼けが海面を不気味に染めていた。出張で近くに来ていた独身のサラリーマン、田中は、物珍しさから一人で砂浜に立っていた。

ふと、背後から微かな声が聞こえた。「ねえ、遊ぼうよ」


振り返ると、そこにいたのは全身ずぶ濡れの若い女だった。顔色は青白く、目は虚ろ。海水を滴らせながら、ニコリと笑った。田中は反射的に後ずさった。「誰…?」

女は答えず、ただ一歩、また一歩と近づいてくる。足跡は砂に残らず、まるで幽霊のようだった。田中は逃げようとしたが、足が砂に絡みついて動かない。

「一緒に、海の底へ行こうよ。楽しいよ」

女の声は、波の音にかき消されそうで、ぞっとするほど冷たかった。田中は恐怖で声が出ない。女の氷のような手が、彼の腕を掴んだ。信じられないほどの冷たい感触が、肌を通して全身に広がる。

必死に振りほどこうとしたが、女の力は異常に強かった。ズルズルと引きずられ、田中は抵抗することもできず、海水の中に引き込まれていく。冷たい水が肺に入り込み、息ができなくなる。水中で見上げた女の顔は、歪んだ笑顔のまま、田中を見下ろしていた。

翌朝、地元の漁師が、海岸に打ち上げられた男の遺体を発見した。顔は恐怖に歪み、両腕には無数の赤い爪痕が残っていた。警察は事故死として処理したが、漁師たちは誰も近づかない、いわくつきの場所だと噂した。

数週間後、別のサラリーマンが出張で同じ海水浴場を訪れた。夕暮れ時、一人で砂浜を歩いていると、背後から微かな声が聞こえた。「ねえ、遊ぼうよ」

振り返ると、そこにいたのは全身ずぶ濡れの若い女だった。顔色は青白く、目は虚ろ。海水を滴らせながら、ニコリと笑った。そして、その女のすぐ隣には、同じように全身ずぶ濡れで、顔を引きつらせた男が立っていた。その顔は、数週間前に事故死とされた田中によく似ていた。二人は無言で、新しい獲物を見つけたかのように、そのサラリーマンを見つめていた。






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