失踪する生首

 夜の帳が下りた町外れの古びたアパートの一室。俺、健太は、友人の淳と二人、薄暗い部屋で向かい合っていた。月明かりがカーテンの隙間から差し込み、室内には不気味な影が蠢いている。淳は緊張した面持ちで、何かを話そうとしている。その目は、まるで何かに怯えているかのようだ。


「なあ、最近、町で変な噂を聞いたか?」淳が震える声で言った。「生首が見つかるって話だ。しかも、それが失踪するらしい。」


背筋が凍り付いた。生首が失踪する?そんな馬鹿な話があるのか?しかし、淳の表情は真剣そのものだった。


「数日前、町の外れで生首が見つかったらしい。警察が回収した直後に、忽然と消えたんだとさ。」


淳の話に、俺はますます混乱した。誰がそんなことをするのか?何のために?


その時、廊下から「コツコツコツ……」という音が聞こえてきた。まるで小さな足音が近づいてくるようだ。


俺たちは顔を見合わせた。緊張が走る。


「今の、何だ?」淳が怯えた声で尋ねる。


「隣の部屋の住人だろう」


そう言いながらも、心臓はドキドキしていた。


音が徐々に大きくなる。「コツコツコツ……」何かが近づいてくる。まるで生首が、無邪気に遊んでいるようだ。


「確かめてみよう」


俺は立ち上がろうとしたが、淳が必死に止める。


「やめろよ!何かいるかもしれない!」


しかし、好奇心と恐怖心が勝り、俺はドアを開けた。


廊下は静まり返り、誰もいない。


「フッ……」


安堵したのも束の間、視界の端に何かが動いた気がした。目を凝らすと、薄暗い影が一瞬、視界を横切った。


慌てて部屋に戻り、ドアを閉めた。


「何もいなかった。ただの影だ」


そう言い聞かせたが、心臓は早鐘のように鳴り響いている。


「生首が失踪するなんて、やっぱりおかしいよな」


俺は淳に話しかける。


「ああ。でも、確かに首が見つかったって話だし……誰かが持ち去ったのか?」


その時、再び「コツコツコツ……」という音が聞こえた。


「今度は、もっと近い!」


淳の声が震えている。


「外に出よう」


俺は言ったが、淳は動けない。


「やっぱり、ここにいるべきだと思う」


恐怖に駆られながらも、俺たちは話を続けた。


「ねえ、もし本当に生首が失踪したら、俺たちも狙われているのかな?」


淳が真剣な顔で言った。


「そんなことないだろ……」


そう言いながらも、不安が頭をよぎる。


また「コツコツコツ……」という音が聞こえた。今度は、ドアのすぐ外からだ。


恐る恐るドアを開けると、そこには何もいなかった。


しかし、何かが俺の心を掴んで離さない。


「おい、なんかおかしいぞ……」


淳が言う。


ドアの隙間から、また生首の影が見えたような気がした。


急いでドアを閉め、鍵をかけた。


しかし、音は止まらない。「コツコツコツ……」


電気が消え、真っ暗になった。


「どうする!どうする!」


俺は叫んだ。


「ああ、どうしよう!どうしよう!」


淳も叫んでいる。


明かりが戻ると、俺たちの目の前に、生首があった。


無表情で、こちらを見ている。


「これが失踪する生首なのか……」


恐怖で体が震える。


「俺たちも、失踪するのか……?」


淳が震える声で言った。


生首が近づいてくる。


「コツコツコツ……」


音が響き続ける。


部屋の空気が揺れ、恐怖が濃くなる。


生首が、俺たちを飲み込むように迫ってくる。


そして、俺たちは消えた。


生首は、また一つ失踪した。


町には、新たな噂が生まれるだろう。


失踪する生首が、今度は誰を狙うのか。


恐怖の連鎖が、再び始まる。




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